本を読みあさる

本を買うようになったのは、最初は仕事の為だった。

手帳術、時間管理、といったタスクスケジュールを組んでいく必要に迫られたからである。

とにかくビジネス書といわれるものを次から次へと購入していった。

何か課題にぶつかったとき、その課題への対処法を本に求めた。

職場の人間関係に悩んだときは、心理学の本を買いあさった。

そこから、様々なジャンルの本を読みまくった。

書店通いが楽しくて仕方なかった。

図書館にもよく行ったし、古本屋もしょっちゅう覗いては本を買った。

毎月買う本の冊数はかなりのもので、出費もそれなりの額だった。

本を買って読む事が、自分に対する投資だと信じていた。

知識情報のインプットが自分の人生をどんどん良くするはずだと信じていた。

知らないから、出来ない。

知っていれば、出来るようになる。

さながら、自分に欠けているものを満たすがごとく、本の購入は止まらなかった。

膨大な情報のインプット量をさらに増加させるため、脳科学を応用したフォトリーディングという速読法も習得した。

知識の大喰いとも言うべき状態であったと思う。

確かにそれらの読書で知り得たことは非常に多い。

だが、人生が良くなったかと言われると、それは疑問だと言わざるを得ない。

そこには過食症と同じ構図が隠れていた。

読書で知識欲を満たす