仕事うつ

内部統制事業は、内容として非常に面白いものだった。
コーポレートガバナンスを明確にするとか、業務プロセスを全て視覚化するとか、本当にとてもやりがいがある仕事だった。

多分、自分の適正にも合っていたと思う。
ただ、子会社の清算業務が余りにも負担が大き過ぎた。
自分が手塩にかけて育てた子を自らの手で安楽死させるような仕事だった。
親(経営者)は無責任に次から次へと子供(新規事業)を創るが、育児放棄したうえで、さらに虐待を繰り返すような真似をした(ように僕には感じた)。
親の都合で勝手に産み出されて、親の都合で勝手に殺される。

僕の感性ではあらゆる面から限界を超える仕事だった。
ただ、携わった責任を全うしなければいけないという想いだけで、全てを出し切って、そこからまた更に絞り切ってやり遂げた。

本当に何も残っていない、燃え尽き症候群とでも言うべき状態にまでなってしまった。

そもそもやりたくてやった仕事ではなかった。
与えられた場所で与えられた仕事を懸命にやり遂げようとしただけだった。
その中で、なんとか自分のやりがい、生きがいというものを見出そうと死ぬ気で取り組んだのだ。

僕は「頑張る」ということに関して、究極の域まで達してしまったのだ。

休職

もう、どれだけやりがいがあろうが、社内で自分の能力が高く買われようが、役職が上がろうが、給料がよくなろうが、これぽっちも頑張れなくなった。

身体は僕のことを誰よりも知っている。
これ以上頑張ればどうなるかに気づいていた。
仕事中の集中力が次第に無くなり、やる気もほとんど失われ、上司の指示に従うことすら苦痛になってきた。

徐々に社内に居ること事態に違和感を感じるようになり、ここに居たくないという想いが大きくなっていった。

それは、昨日今日始まったものではなく、入社当時からあったものかもしれない。
出来るだけ感じないように努めてきたものだったはずだ。
それを全面的に感じてしまったら、一分一秒も会社に居れなくなることはわかっていた。
だから、自分の感じている感情を押し殺してここまでやってきたのだ。
ただ、その感情を抑圧する強烈な力が、子会社の清算業務という超強烈なストレスによって使い果たされて、もはや感情を感じずにいられなくなってしまったというのが実情だろう。

だから、会社に居ない時は、いたって元気だった。
今までの鬱は、24時間ずっと抑鬱状態だったが、今回のはそこが異なった。
勤務中のみ、抑鬱状態になるのだ。

これがいわゆる「仕事鬱」というヤツだった。

それでも2ヶ月間は頑張ってみた。
頑張れないのに頑張るのが、このころの僕の特徴である。
が、遂に限界が来た。
僕の自慢のストレス耐性が崩壊する。

もう完全に社内に居ることが耐えられなくなり、僕は休職届を提出した。