お金は使う為にある

僕は彼女が準備をしてくれたお金で引っ越しをした
そのお金は、母子家庭の彼女が、春に入学、就職する2人の子供のためにとっていたお金だった。

「どんなに小額であっても、その場の欲求を満たすだけのものにお金を出してあげることはない。でも、その人にとって必要なものならば、自分が出せる範囲であれば、出すことに躊躇はない。人一人の人生が変わるかどうかという時に使わなくて、これ以上あなたに必要な時がある?」

そんなことを言われても、にわかには信じられなかった。
この時の僕には彼女の行為がいわゆる無償の愛だと感じられた。
それは自己犠牲に基づく献身という意味での慈愛である。

ところが、彼女には自己犠牲の精神は一切無かった。
そういうレベルでは無かった。

「子供に必要なお金はまた用意すればいいだけのこと。お金は必要な時に使ってこそ価値がある。使えばまた廻ってくる。

彼女は何の疑いも無くそう言った。
自信があるとか無いとか、そういうレベルでは無かった。
当たり前の話として言っていた。
当時の僕からすれば常識外れにもほどがある。

それから1ヶ月後、彼女は言葉通り、子ども達に必要なお金を用意した。

僕には奇跡のような出来事だった。
目の前で魔法が起きたようだった。

お金