収入を得る前にすること

実家に戻った際にあった負債は親に払ってもらっていた
しかし、それがほんの一部であったことが後から分かった。無意識で行動していた結果だ。3枚あったカードのうち1枚はマックスまで使っていた。残り2枚にも何十万ものマイナスがあった。傷病手当があったので、しばらくは何とか生活できると思っていたが甘かった。

今収入を得たいと思っても、実際に手に入るのは行動し、結果に結びついた時。前払いでお金をくれるような仕事はほとんどない。
かといって、先々のお金を得る為に働きに行く気力もない。
どうやって生活をしていくか、考えることもできなかった。

そんな僕に彼女が教えてくれたことは、お金の使い方を変えるということだった。

まずは自分の健康を保つために使うこと。次に、誰かのためになり後から自分に返ってくると思えるものに使うこと。(その人から返ってくるという意味ではなく、自分のやったことに価値が生まれるという意味らしい。)残りは全て、今あるマイナスに回すこと。

この頃の僕は、目の前の現実から逃げるためのものに優先してお金を使っていた。マイナスを埋める為にマイナスを重ねていた。

返済日にお金が払えない、ということが耐え難い心理的苦痛だった。その苦痛から逃れる為に、安易にカードローンに手を出した。お金を借りるということが、後の苦痛を産み出すことを重々知りながら、それでも借りることを止められない。お金を借りる前は、非常に逡巡する。
だが、お金を借りる瞬間、全く痛みは無い。むしろ返済出来ないという事実から産み出される苦痛から解放されるのだ。不思議なことに、お金を借りると、気持ちが良くなるのだ。
まさに、借金依存症。

だから、マイナスを返済することにお金の使い道を優先するのは、依存症の克服プロセスそのものだった。薬物同様、借金にも強い依存性がある。依存性の強いものほど離脱症状もキツく出る。

対処、対処で誤魔化してきた、当然の報いだった。
結局、その場しのぎのつけは、後でとんでもない形で払わされるのだ。借りるも地獄、返すも地獄。この心理状況は、過去僕が病気になる度に薬で対処してきたマイナススパイラルと全く一緒だ。

だが、このときの僕は借金に依存していたという自覚すら無かった。ただただ、お金の流れを変えなければならないことは自覚していた。
とにかく、彼女の言うところの「マイナスを無くさないとプラスの流れは産み出せない」という言葉に従うしか無かった。

借金依存症