責任

思えば守るものを持つことに、ずっと抵抗があった。自分にはそれができるとは思えなかった。自分には生まれつき人としての欠陥があり、それを埋めることで人並みの人として生きられるのだと信じてきた。胸にぽっかり空いた大きな穴。学歴・知識・仕事・異性・友人・音楽・車・旅行・誰かからの承認。あらゆるもので胸の穴を埋めようと試みたが、全て失敗だった。
自分が生き得るに足る人間だとどうしても思えなかった。生まれてきた意味、人生の目的、そのようなものが何も見出せない。どれだけ楽しいことを体験しても手からこぼれ落ちる砂のように消えていく。深刻な自己不信。そして欠陥を持つ自分に対する徹底的な自己否定。自分一人を保つこともままならない僕が、誰かを守るなど、考えもしなかった。他人の人生に対する責任などとれるわけがなかった。

こんな僕だったが、それでも自分を信じてくれる人に出逢い、自分が自分の価値を認めたことで、いつの間にか自分のすることに自信が持てるようになっていた。様々な実践を経て、自分の胸に空いていた空虚な穴が塞がっていることに気づいた。その穴は外にあるもので埋まる穴ではなかったのだ。僕に欠落していたのは自分を信じる気持ち。そう、自信だったのだ。

僕は彼女に、そして彼女の子ども達にプロポーズをした。
このプロポーズの顛末は後々までの語りぐさになるだろう。まるで格好のつかない有様だった。極度の緊張のあまり醜態を曝してしまったのだが、それでも自分の人生の舵を、自分で大きく動かすことができたのだ。このプロポーズによって、僕は自身の責任を真っ正面から引き受け、自分に対する信頼を形にしたのだ。

そこからはもう幸せ一杯の毎日・・・

とはいかなかった。
分かってはいたが、彼女は僕が以前の感覚で言動すると、容赦なく言ってくるか、相手にしてくれなかった。

一緒に住み始めたことで、ますます以前のマイナスサイクルの中にいた僕は、肩身が狭くなっていった。ならいっそ、すんなりと諦めればいいのに、本来の僕に話しかける彼女に抵抗をした。自分の言動に責任が持てない子供の主張だ。意味の無いこと、つじつまの合わないことを言っては駄々をこねた。

子供のままで居たい自分があからさまな反逆を企ててくる。全ての責任を放棄して、自分の好き勝手にしようとする。目の前の楽しさに気を取られ、真に取り組まなければならないことから目を逸らそうとする。

まるで反抗期の子供に直面する親のような立場になってしまった。たまたまその子供が、自分の心の中に居る、反抗期の自分だったというだけだ。

しかし、子供染みた言動を繰り返すことで、大人の男としての責任の重みと、自分にとっての重大さが分かってきた。自分が必死にその責任から逃れようとしていることも自覚した。僕は結婚することによって、強制的に本来の自分の状態に身を置き、本来の自分の責任を果たすように仕向けたのだ。

自分で決めたことをやり続けることでしか、自分の人生に対する責任を果たすことは出来ないと悟った。

責任