役割分担

人にはそれぞれ得意不得意がある。好きなこと嫌いなことだってある。

それなのに世間の役割分担は、男だから女だから、父親だから母親だから、この部署に配属されたから、この役が任されたから・・・と、脳力や好みとは関係のないところで決められる。これが当たり前になっていて、自分がどんなにやりたくなくても、やらなければという責任感で動いてしまう。この責任感は、自らが果たしたいと決めた責任ではない。あくまで義務的なものだ。ゆえに自分を苦しめ、がんじがらめにしてしまうことがある。自分の考えを主張せず役割に忠実であることが、ここで生きる一番楽な方法なのかもしれない。

結局、今まで生きてきた世界では他者から与えられた役割を果たすことが責任をとるという意味だったのだ。自発的なものでない以上、その責任感は100%義務感である。この義務(責任)を果たすために必要とされるものは、自分を捨てることである。僕はこの他から望まれた役割への責任感の強さが故に、自分を失い、義務に苦しみ、人生を踏み外した。

しかし、自分が新たに選択し進んできたこの世界の中では、役割は自分で決める。当然責任も自らの意志で果たす。役割をしないということは自分を放棄することであり、責任を果たさないのは自分に嘘をつくことに値する。ゆえに自由であるが、安定の保障はない。自分の意志や主張を失い、自分の言動に責任を持って生きることを怠れば、たちまち全てのバランスが壊れる。誰も役割をくれないからだ。

それでも、僕はこの世界に生きると決めた。

僕には出来ないこと、やりたくないことがたくさんある。
その代わり、僕にしか出来ないこと、やりたいこともたくさんある。
それを認めることが、この世界で収入を増やす第一歩だった。

僕は彼女と、お互いに得意なことを受け持ち、共同でいくつかの事業をやることにした。
僕の得意なことは、目には見えない世界からのボディメンテナンスと、インターネットを使ったシステムの構築。単純作業。
彼女の得意なことは、会話による適切なアドバイスと文章や表示物全体の構成。お金の使い道の決定。想像力と創造力。

この役割分担により、お互い好きなことをとことん追求すればすれほど、経済が廻るようになってきた。

以前の世界の役割分担とは根底から違うものだ。ここには押しつけがましい義務感は一切無い。あるのはとことん自分の役割に徹すること。その役割を忠実に果たすこと。これは他者から望まれている役割をしないことであり、徹底的に自分を尊重することになった。それが結果として、最もお互いの共通の目的のためになった。

そしてこの役割分担は家事にも活かされ、生活すべてが好きなことで構成され、効率よく豊かになっていくのだった。
この世界は実にシンプルなのだ。

役割分担