自分史

彼女の勧めもあり、ここに至るまでの自分のことを振り返ってみることにした。そうしてできたのがこのサイトだ。

過去を振り返り記事を書く度に、その当時の痛みや苦しみを体感覚で思い出した。感情の記憶というのは頭の中にだけあるのではなく、身体の細胞の中にあるのだ。それでも一記事一記事と書きあげることで、残っていたものを感じきって燃焼し、客観的に起こったことを再確認することも出来た。

それにしても、壮絶な人生であった。あのまま旧来の常識に囚われたまま生きていたら一体どうなっていたのか。おそらく、もうこの世に居なかっただろう。あの世界に居たままではもう生きていけなかったのだ。生きていくためには、この世界へと移住するより他は無かった。これは間違いない。移住自体にも苦痛は伴ったが、あの世界に居続ける苦痛に比べたら屁でもない。あの世界の苦痛は永続的だが、移住活動における苦痛は一時的なものだ。所謂「好転反応」や「離脱症状」のようなものだと理解している。

心身の健康の改善も環境の改善も経済の改善も全て同じだった。痛みを避け続けて誤摩化してきた生き方を改めて、自分本来の力を取り戻すという生き方への転換を図ることで、どの分野でも一時的に壊滅的な状態になった。幾度となく、彼女や自分自身に反逆もした。しかし、それを経験したからこそ、そこから全く新しいものが芽吹いてきて、育っていったのだ。それこそが失われていた「本当の自分」の力だった。途中、何度も今までの自分を支えてきたものに対する執着心と支えを失う恐慌に挫けそうにもなった。だが、それは苦痛を一時的に散らすだけの「鎮痛剤」だとわかっていた。人生の鎮痛剤に頼ればまた本来の自分の力を弱めてしまう。そして、鎮痛剤の奴隷となってしまう。それだけは死んでも嫌だった。

人生の好転反応と離脱症状を耐え切って、進み続けてきたからこそ、僕はこの世界に立っていられるのだ。

ここまで頑張ってきた自分を誇らしく思う。自分自身を尊敬出来る。
そして、この世界への移住のきっかけを差し伸べてくれた彼女には心からの感謝を捧げるものである。

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